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公的機関のSNS運用と表現の自由:公式アカウントによるブロックや投稿削除の問題点

Tags: 公的機関, SNS, 表現の自由, 言論規制, ブロック, デジタル権, 情報アクセス

公的機関のSNS運用と表現の自由:公式アカウントによるブロックや投稿削除の問題点

近年、世界中の政府機関や自治体、公的サービスを提供する組織が、情報発信や広報、国民・住民とのコミュニケーション手段としてソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の活用を積極的に進めています。これは、迅速かつ広範な情報伝達を可能にする一方で、公的機関によるSNS公式アカウントの運用方法、特に特定のユーザーのブロックやコメントの削除といった行為が、表現の自由に影響を及ぼすのではないかという懸念が提起されています。本稿では、公的機関のSNS運用を巡る表現の自由に関する問題点について報告します。

公的機関によるSNSアカウントの利用拡大とその性質

多くの国で、大統領や首相、政府機関、地方自治体などがTwitter(現X)、Facebook、Instagramなどのプラットフォーム上に公式アカウントを開設し、政策の説明、災害時の情報提供、国民からの意見収集などを行っています。これらのアカウントは、従来の記者会見やウェブサイトでは難しかった双方向性や即時性を持つことから、重要な広報ツールとなっています。

しかし、公的機関が運営するアカウントは、個人や私企業のアカウントとは異なる性質を持つ場合があります。それは、憲法や法律によって表現の自由が保障されている国においては、公的機関の行為が市民の権利を制限する可能性を内包しているためです。特に、アカウントへのアクセス制限や投稿の削除といった行為は、特定の意見や情報へのアクセスを妨げ、市民の表現の機会を奪うことにつながりかねません。

具体的な問題事例と法的議論

公的機関によるSNS運用に関する表現の自由上の問題は、世界各地で実際に訴訟に発展しています。

例えば、米国では、当時の大統領が自身のTwitterアカウントで批判的なユーザーをブロックした行為が、憲法修正第1条(表現の自由)に違反するとして訴訟が提起されました。訴訟では、大統領のTwitterアカウントが「公的フォーラム(public forum)」としての性質を持つかどうかが争点の一つとなりました。公的フォーラムとは、公園や街頭のように、伝統的に市民が意見を表明する場所として機能してきた空間、あるいは政府が市民の表現のために意図的に開放した空間を指します。裁判所は、大統領が公的な業務に関連してアカウントを使用し、積極的に市民の関与を促していたことから、少なくとも特定のコンテクストにおいては公的フォーラムとしての性質を持つと判断し、意見を理由としたブロックは違憲である可能性を示唆しました。

同様の事例は他の国でも見られます。公的機関のアカウントにおけるユーザーのブロックやコメント削除が、行政手続きの適正性や情報公開、あるいは表現の自由の保障という観点から問題視されています。論点となるのは、「公的機関の公式アカウントは、私的なアカウントと同様に自由に運用できるのか」「批判的な意見を含む特定の意見を理由にブロックしたりコメントを削除したりすることは、実質的な検閲や差別にあたるのではないか」といった点です。

問題の背景と影響

このような問題が生じる背景には、デジタル空間、特に営利企業が運営するプラットフォーム上での公的活動に関する法的な枠組みや解釈が未成熟であることがあります。伝統的な公的フォーラムの概念をデジタル空間にどう適用するか、あるいはプラットフォームの規約と公的機関に課せられる憲法・法律上の義務の間に生じる矛盾をどう解消するかは、依然として議論の途上にあります。

公的機関による不適切なSNS運用が表現の自由に与える影響は無視できません。批判的な意見を持つ市民が公的機関の公式発表に直接アクセスしたり、他の市民との議論に参加したりする機会を奪われることは、健全な民主主義における情報流通と多様な意見表明を阻害する可能性があります。また、公的機関に対する異論を唱えることへの萎縮効果を生み出すことも懸念されます。

各国の対応と今後の課題

これらの問題に対し、一部の国では公的機関のSNS運用に関するガイドラインを策定したり、裁判所の判断が示されたりしています。ガイドラインでは、原則として意見の内容を理由としたブロックやコメント削除を禁止し、削除する場合はヘイトスピーチや違法な内容など、特定の基準に合致する場合に限るべきだといった方向性が示されることがあります。

しかし、どのような基準であれば表現の自由を不当に制限しないのか、プラットフォーム側の技術的制約や規約とどう整合性を取るのか、といった課題は残されています。また、批判的なコメントの中に含まれる誹謗中傷や偽情報といった、公的機関の業務遂行を妨害したり、他のユーザーに誤解を与えたりする可能性のある情報への対応も、表現の自由とのバランスを取りながら慎重に行われる必要があります。

まとめ

公的機関によるSNS公式アカウントの運用は、市民とのコミュニケーションを深める有用な手段である一方で、その運用方法によっては市民の表現の自由を制限するリスクをはらんでいます。特に、意見の内容を理由としたブロックやコメント削除は、公的機関が多様な意見が表明されるべき公的空間の一部としてSNSを利用していると見なされる場合には、表現の自由の原則に反する可能性があります。この問題は、デジタル空間における公的機関の役割と責任、そして現代社会における表現の自由のあり方について、継続的な議論と法的・制度的な検討が必要であることを示しています。世界各国で示される事例や判例は、今後の公的機関によるデジタルコミュニケーションの適切な形を模索する上で重要な示唆を与えています。